「こだわり」にこだわらない方がいい
「こだわりを持つこと」は一見いいことのように見えるけど、本当にいいことなんだろうか?
「こだわりを持っている=自分の軸=よいこと」なのか
「私はこだわりを持っている」というと、自分の軸があって、ひいては自分らしく生きているように感じられる表現だ。
たしかに、細部にまでこだわって、クオリティがいいものをだせたりすることは、とてもいいことだと思う。
ただ、手放しで「こだわり」を肯定していいかというと、そうでもない。
「こだわり」は字義的には以下のような意味合い。
心が何かにとらわれて、自由に考えることができなくなる。気にしなくてもいいようなことを気にする。拘泥する。 「金に-・る人」 「済んだことにいつまでも-・るな」
個人的見解としては、「何かにこだわることによる恩恵」より、この「自由に考えることができなくなる弊害」が大きくなってしまうのではないかと思っている。
「こだわる」と「自分の理想の世界」以外を楽しめなくなる
自分のやっていること、好きなことに肯定的な気持ちを持つことは否定しないし、むしろ喜ばしいことだと思う。
ただ、それに固執してしまうことは、リスキーだ。
なぜなら、その信念が間違った思い込みだった場合に、不幸になってしまうからだ。
言い換えると、自分の理想の世界の住人以外への不寛容さが、自分に不幸をもたらす。
それは、現実の自分についても然り。現実の自分すら認められなくなってしまう。
そんなこだわりは必要だろうか。
こだわらずに、やりたいことを常にアップデートしよう
「自分のやりたいこと、軸、こだわり」は様々な経験や情報を通して、絶えず変わっていくものだしそれが普通だ。
そして10代~20代であれば、最初は無いのが当たり前だ。
一番大事なのはアップデートすることだと思う。
一日がはじまるたびに、「今日は何をやりたいのか?」を自分に問い直す。そうやって自分のやりたいことと自分の感覚を合致させていく感覚が必要だ。